京都へ~ 河井寛次郎記念館(2)

先月末から南の海に停滞していた台風12号が、9月始めの週末になり四国に上陸し、近畿地方などあちこちに深い爪跡を残して日本海に出て行きました。 が、更にこの後も北海道への被害も懸念されています。

3月の大震災から、今回の台風と言い、当に天変地異!!! これまでに無い大災害です。

被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

さて、このような時に、暢気な話を書き連ねて行って良いものか?どうか?迷い、心苦しくもあるのですが、一応これまで通り、自分用備忘録として記して参りますこと、お許し下さいませ。


↓の記事・・・「河井寛次郎記念館(1)」の続きになります。

(1)の陶房(作業室)から奥に進んで行くと・・・



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立派な登り窯が!!!

これまで見てきた登り窯と言えば、家屋からは離れた場所、

自然の中に溶け込んだような所にあるものとばかり思っていましたので、

家屋の奥、直ぐに見たときにはビックリ005.gifしました。



それは・・・寛次郎が、室戸台風で五条坂の自宅が損壊したことを契機に、故郷の民家の形をもとに、登り窯の形に対応するかのような構造をした新しい自宅兼仕事場を自ら設計し、大工である実家とも協力して1937年に完成させた。 という事由からでした。



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登り窯と言えば、思い出すのは・・・
昔、父が存命のころ両親を伴って訪れた、浜田庄司の「益子参考館」にあった登り窯・・・その益子参考館は、311の大震災で大きな被害を受け、展示されていた作品200余点が壊れ、奥にあった登り窯も崩壊したとのこと。
益子参考館の震災での被害額が2億円を超すそうですが、金額ではなく、、貴重な美術品や建造物が壊れてしまった事が残念でなりません。  

河井寛次郎と浜田庄司は、思想家・柳宗悦の提唱した日本民芸運動のメンバーであり、日本民芸美術館の創立に参画しています。
ですので、「益子参考館」や、後に友人と訪れた駒場にある「日本民藝館」でも・・寛次郎の作品を拝見していましたので、今回の記念館の見学を楽しみにしていました。


この登り窯から、中庭を眺めながら・・・



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受付のあるロービーに戻り、そこから2階に上がりました。



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1階ロービーには囲炉裏があり、テーブルと椅子、沢山の本も置かれていて、

落ち着いた時間を過ごせる空間が用意されていましたので、

京都を訪れる機会がおありでしたら、お薦めしたい記念館です。

全館、心地よい風が吹き抜けていましたよ~


そして、この日は、この後・・・

貴船の川床を頂き、鞍馬から峠越えをして広河原の夜祭と、

夜中まで動き周った一日でした。 その記事は次回で。(^_-)


今日は、これから・・・なでしこジャパンです。  応援しま~す。066.gif

by canape2 | 2011-09-05 16:24 | ┣ 京都・松上げ&河井寛次郎 | Trackback | Comments(0)

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