無線七宝焼の創始者・・・涛川惣助を存知でしたか?

いいえ~ 
私も、それと無くそういう方が居たらしいと言う位で、殆ど知りませんでしたよ。(^^ゞ

で、先日も あの里に行った折に少し触れておりましたが、あの里と言うと・・・記事の中で次々とリンクをして行くと、最後はあの“蛍の里”に辿り着きます。(笑)

さて・・・本題です。


先日彼岸花を見に行った時に、チョットお話を仕掛けていた・・・旧海上町(現在、旭市海上)出身の美術工芸家・涛川惣助のご紹介です。

殆ど今では忘れ去られてしまった七宝焼き工芸家ですが、その経歴は輝かしく当時の内国勧業博覧会の受賞に始まり、その後パリやロンドン、シカゴなど外国で開催された万国博覧会でも、名誉大賞を受賞しています。


還来寺(げんらいじ)の門前にある・・・濤川惣助(濤川魁香・ナミカワカイコウ)の案内板です。



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その説明によると・・・

浪川惣助・・・その経歴。

幕末の1847年に生まれ、1910年(明治43年)に63歳で没。
幕末の動乱期、下総の小さな農村の農家の次男として生まれた惣助は18歳の時に江戸の鰻屋へ方向に出ました。そこで勤勉さを認められて、酒屋の養子に迎えられ、
家業に励みましたが、維新後、外国貿易が盛んになってきたことから、その酒屋を義弟に譲り、陶器を扱う貿易商に転身をします。
そこで、明治政府の国家近代化と産業発展の目的で開催された『第1回内国博覧会』
で観た七宝焼きに惹き付けられ、将来有望な輸出品目になると確信したことが、更なる人生の転機となりました。
しかし、『日本の七宝は、西洋のものに比べて天と地ほどの差がある』との報告に大きなショックを受けましたが、そこで七宝の改良を自ら研究する決意を固め、周りから狂人扱いされながらも、日夜寝食を忘れてその研究に没頭。 其の頃、丁度ワグネル博士によって、清澄な七宝釉薬が開発されたことも大きく幸いして、其れまでには考えられなかった『無線七宝』(一般的には有線)という、ぼかしを基調とした日本画そのままの七宝焼を完成させ、国内は勿論、世界中の人々を驚嘆させる作品を作り出しました。

この地に産まれた惣助がどのようにして、七宝焼の世界に進んで行ったかが説明されていました。


更に近づいて・・・写真上で左クリックして頂くと拡大されます。


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その受賞経歴は・・・

明治14年 内国勧業博覧会 名誉金牌
   16年 アムステルダム万国博 オランダ国王から栄誉記章(勲三等に相当)
   18年 ロンドン発明品博 金賞
   22年 パリ万国博 名誉大賞
   23年  内国勧業博覧会 名誉金牌
   26年 シカゴ博 『白雪富嶽図』の作品が絶賛され、
         西洋の新聞に大きく報道されました。
        (この万博では政府の出展方針委員として、
         渋沢栄一等と共に実業界の代表としても活躍をしています)
   28年 緑綬褒章を受賞
   29年 帝室技芸員を拝命
   33年 パリ万国博 名誉大賞
   37年 セントルイス万国博 最高栄誉賞
   43年 ロンドン日英博覧会 名誉大賞
   
      等々・・・その栄光の軌跡は目を見張るものがあります。

その浪川惣助の傑作は・・・明治40年・赤坂離宮(当時東宮御所)造営の為に制作した『花鳥図七宝額・30枚』であり、大食堂の壁面に嵌め込まれて・・・『花鳥の間』の由来ともなり・・・今でも、迎賓館大食堂で永遠の光彩を放っています。


説明板の鶏部分を拡大してみますね。 では~



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しかし、これほどの輝かしい美術工芸家でありながら・・・作品は主に輸出が目的であった為に、国内では特別な場所でしか見ることが出来ず、一般の人の目に触れる機会が殆ど無かったために、年と共にその名前は忘れ去られいるのが残念です。
で・・・シッカリと此処に記憶。(^_^)  皆様にもお読み頂けたなら、とても嬉しいです。

私は全てに無知蒙昧。。 この七宝焼についても、見てはいても殆ど解らないと言うのが現実ですが・・・ヨーロッパの古い美術工芸、宝飾品の中に『エマイユ』とあればこの七宝焼のことで、その伝統は何時頃からあったのか? それも知りたいところでもあります。 そして数年前の美術展で観た『透胎七宝』と言われているものは、ガラスのように透けた、とても美しい作品でした。  浪川惣助も、もっと長命であったのなら、更なる素晴らしい作品が出来上がっていたかもしれませんね。この経歴中に渋沢栄一の名前が並んでいたのにも驚きましたし、明治時代のパリ万博には東風庵の母方祖父も行っているので(母から聞いたのでは、シベリア横断鉄道を使って行ったと記憶しているのですけれど、、当時は大変だったでしょうね)、きっとその作品を同胞人として、誇らしげに観ていたのだろうな~~ という感慨もあったりしました。


  迎賓館赤坂離宮
  所在地  港区元赤坂2-1-1
  電 話   03(3478)1111
  交 通   JR中央線又は地下鉄丸の内線
        南北線「四ッ谷駅」徒歩下車7分
  毎年夏に事前申し込みの一般参観があるようです。

by canape2 | 2008-10-09 15:26 | ┣ 下総界隈 | Trackback | Comments(0)

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