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現代・・・熊野詣で(1)

昨年の11月27日~29日・・・2泊3日で訪れた熊野。
      アップが大分遅れてしまいましたが、忘れないうちにボチボチと(^_^;)

これまでも・・・“札幌の雪祭り” “冬の乳頭温泉卿” “秋の京都・滋賀” など一緒に旅をしてきた、
手織り教室で出会ったお仲間との“熊野詣で”です。

先ずは出発当日。京急羽田空港駅に8時集合。
という事で、私は市川の社宅を7時少し前に出ました。その時には可也の雨で、翌日の現地天気予報も雨。。
羽田で軽く朝食をとり4人揃って、何はともあれ、元気に・・・『では!参りましょう~♪~』


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途中雲の中から顔を出した富士山を眺めながら、あっと言う間に紀伊半島上空へ。






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やっほーーーーーー! 雲も切れて、
どうやら雨は上がっている様子に、
『晴れ女4人』の顔も自然にほころんで、足取りも軽くこの旅も始まりました。
羽田09:05発JAL便は、南紀白浜に10:20に着。





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そこで待機して貰っていたタクシーに乗り、
熊野詣路・中辺路沿いを途中観光をしながら、
1泊目の『わたらせ温泉・ホテルささゆり』へ・・・







熊野・中辺路(なかへち)町の案内板より・・・

『熊野路は浄土への道であった。熊野の神々にあこがれた人々が、たぎる信仰を胸に山を越え、海沿いをよぎって行った。それは皇族から庶民まで、中世から近代にかけて果てしなく続いた“蟻の熊野詣”であった。
この熊野路の名前を高めたのは、平安の中頃から鎌倉後半にかけての熊野御幸だった。延喜7年(907年)宇多法皇から、弘安4年(1281年)亀山上皇まで、実に374年間にわたり100回以上の御幸があったと言われている。
早朝京都を出発。まず淀川を船で大阪府下に下る。それから陸路南に向かい田辺、中辺路を辿って熊野本宮大社・
熊野速玉大社・熊野那智大社
の順に参るのが順路である。
往復の日数は20日から1ヶ月。一行の人数は最大で814人。最少の時で49人。平均300人前後にのぼったと言われている。上皇、法皇の白ずくめの服装に杖という山伏に近い姿。道筋の各所に“熊野九十九王子社”と総称される休憩所が設けられ、そのうち、わが中辺路町内には、滝尻王子より、道湯川王子まで、13王子を数える』

この日は・・・先ず熊野本宮大社へ。

by canape2 | 2007-01-10 17:54 | ┣ 熊野路 | Trackback | Comments(0)