俳人、そして70年の女将人生・・・鈴木真砂女

鈴木真砂女さんを知ったのは、30年以上前、東風庵が知人のお誘いで入っていた俳句の勉強会・・・久保田万太郎が創設した俳句結社『春燈』。 その同人誌『春燈』からでした。
それ程俳句に興味の無かった私ですが・・・その同人誌の中にある“真砂女さんの句”に惹かれて、毎月『春燈』が届くのを愉しみにしていました。

最近になって・・・真砂女さんの句集を纏めて読んでみたいと思い、出版された句集を探しましたが絶版になっているものが殆どで、其の中で関連のある本を3冊ほどネットで取り寄せたのがこの三冊です。


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真砂女さんの人生・・・

房州鴨川の老舗旅館「吉田屋」(現在、鴨川グランドホテル)の三女として明治39(1906)年に生まれ、昭和4年、22歳で東京・日本橋の問屋の息子と恋愛結婚し、女児を生みますが、夫は賭博に入れ込んだあげくに蒸発。 実家に帰った後、昭和10年に、旅館の女将を継いでいた長姉の急死で、家業の存続を思う父母の願いから、その義兄と再婚。 28歳にして老舗旅館の女将となります。

その後の人生が・・・波乱万丈。
30歳のとき、真砂女は旅館に泊まった7歳年下の海軍士官と運命的な恋をします。お相手は既に結婚をしていました。 不倫です。(笑) やがて、戦争に出征する恋人の後を追って家を出奔。その時に迎えに来た夫と家に帰りましたが、もう夫婦の間には埋めることのできない深い溝ができてしまいました。
最初の句集「生簀篭」を受け取りに東京へ出た留守に、木造三階建ての旅館の全焼などありましたが、再建後、50歳と時に家を出ています。

そして、友人達の温かな融資を受け・・・銀座に小料理屋『卯波』を開店。
店名は・・・真砂女の代表句
  『 あるときは 舟より高き 卯浪かな 』 から、とってらっしゃいます。

2003年3月、真砂女は96歳の長寿を全うして大波乱の人生を終えていますが、その数年前までは銀座の名物女将として、店に立ち・・・松屋・銀座店のポスターのモデルともなっています。

真砂女の世代では、ほとんど類のないこの人生は、作家の創作欲を刺激し、まず、真砂女と縁が深かった丹羽文雄が 『天衣無縫』 という小説を・・・そして、瀬戸内寂聴が、『いよよ華やぐ』 という小説を書いています。 が、未読です。。

↑の写真、一番右・・・森まゆみさんの『昭和快女伝』の副題となっている「恋は決断力」は、森さんが、真砂女さんに取材をした折に聞いた言葉を使われたそうですが・・・この本のトップを飾っています。

其の中には・・・
恋のお相手の海軍士官を知る方から・・・「ママ、なんであんなつまんない男に惚れたの?」と言われ・・・「つまる、つまらないはわたしの方の問題でしょ。姿かたちが良くて、仕事もできる。だからいいってもんじゃ、ねぇ・・・・男の人って感じかなぁ」  そう。 好き好き勝手でしょ~ に、思わず、爆笑~
其の方が亡くなるまで、40年間続いた・・・永~~い恋。。

       『 死のうかと 囁かれしは 蛍の夜 』 

       『 恋を得て 蛍は草に 沈みけり 』

       『 恋遂げし 蛍ゆっくり 夜明け待つ 』

                       真砂女


『昭和快女伝』の中には、他に吉行あぐりさん、飯田深雪さん、長岡輝子さん、加藤シズエさん、三木睦子さん、小澤さくらなど、15名の方のお話が出てきますが・・・
昭和初期からの大きな時代の変革(戦争もあり)の中で、力強く、しなやかに、その嵐を乗り越えてきたそれぞれの方のお話は、 今、先の見えなくなってきている時代に向かって・・・
学ぶことの多い、一読の価値のある文庫本でした。


       『 鴨引くや 人生うしろ ふりむくな 』

       『 羅(うすもの)や 人悲します 恋をして 』 

                 ・

                 ・

                 ・

       『 今生の いまが倖せ 衣被 』

                        真砂女


銀座・卯波の記事が、→→こちらにあります。 
真砂女さんのお写真もありますのでいらして見て下さいませ。 とても可愛らしい方です。(^_^)
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by canape2 | 2008-06-26 14:31 | 折々の記 | Comments(0)

心地良いそよ風~ 流れるBGM♪ 楽しいひと時~HN・かなっぺ


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